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| 能代市檜山 |
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| [ 付近地図: 秋田県能代市檜山 ] |
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| 能代市檜山概要: 檜山の町は戦国時代、安東氏の拠点のひとつだった檜山城があった所です。ここを本拠とした安東氏を檜山安東氏と呼び、土崎を本拠とする湊安東氏と覇を争いました。特に第三次湊合戦では秋田(安東)実季がいとこである安東通季に攻め込まれ檜山城で籠城戦を余儀なくされ由利十二党の援軍によって危機を脱したとされます。その後秋田郡を制圧し本城を湊城に移しますが、檜山城も重要視され、秋田氏(安東氏)が常陸国宍戸に転封後の江戸時代になっても山本郡(檜山郡)の政治の中心となりました。佐竹氏と血縁関係にあった多賀谷氏が「所預かり」として居館を構え、羽州街道の宿駅にもなり、周囲の村落より数段整った町だった様です。明治初頭にイギリスの旅行家「イザベラ・バード」がここを訪れたときもはそのようなことを語ったようです。しかし、市役所は能代に、鉄道などの主要幹線も通らなかった事から次第に町としての機能も失われていきました。檜山城下絵図と現在の町並みを見比べて見ても、全体的の雰囲気はとても良く城下町風で、町から少し離れると街道沿いの松並木が残っていたりするのですが、武家町に武家屋敷は無く、母体に続く商人町には町屋どころか、普通の商店すらほとんどありませんでした。多宝院や浄明寺と合わせ「イザベラ・バード」が見た檜山の町がまちづくりのキーワードかも知れません。
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