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| 北秋田市:阿仁 |
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| [ 付近地図: 秋田県北秋田市阿仁銀山 ] |
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| 北秋田市阿仁概要: 延慶2年(1309)に金山を発見してから阿仁鉱山の歴史が始まります。奈良の大仏にも阿仁鉱山産出の銅が使われたことが伝わっていて、本格的に採掘が始まったのは江戸時代初期の寛永14年(1637)に大阪の商人が発見してからです。秋田藩でもかなり力を入れ、享保元年には産銅日本一にもなっています。阿仁銀山町は阿仁鉱山の入り口にあたり、米代川から阿仁川への最終船着場でもありました。その為か金毘羅信仰も盛んだったようです。又、町への人や物資の出入りも制限があったようで、町境には「十歩一御番所」の跡に標柱が立っています。江戸時代、角館からは阿仁街道が通っていましたが主に米代川などの舟運が主流でした。当時は多く人が住み活気をていしていましたが、昭和53年に閉山となりました。現在でも、異人館や町の規模の割りに寺院も多く残り、特に大阪商人や北前船関係の文化財が多く残されています。付近に大型の店舗がない為か、店舗の数は町の規模に対してはあるようです。町の中心部は昔ながら町並みはあまり感じられず、鉱山町としてある程度新しい文化のようなものを取り入れる土壌があるのかも知れません。
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