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| 院内銀山 |
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| [ 付近地図: 湯沢市院内銀山町 ]・[ 湯沢市:院内フィールドワーク ] |
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| 院内銀山概要: 院内銀山は慶長11年(1606)村山宗兵衛らが発見したのが最初だと言われています。それ以降久保田藩の重要な財源となり元和3年には1300戸、7100人が住んでいるました。最大時には日本一の産出量をフ誇り4000戸15000にとなり当時の久保田城下をしのぐほどだったそうです。その後近代化しましたが鉱況が悪くなり昭和29年(1954)に全山全休となりました。院内銀山には11の寺院がありましたが現在建物で残っているは金山神社と正楽寺(写真左から3枚目-昭和中期まで存続)の仮堂だけになってしまいました。院内銀山三番共葬墓地(写真左から1枚目)は墓石に江戸時代の年号も多数あり、その歴史を語っています。同時に無縁のものも多く、日本各地から入山し命を落としていったことも示しています。写真右から1・2枚目は「御幸抗」といって明治天皇が御巡幸された抗です。当時、抗内や諸工場を御巡覧なされることは大変だったらしく壁画にもなり、この日が鉱山記念日となりました。
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