唐松城 |
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[ 付近地図: 大仙市協和 ]・[ 大仙市:協和・唐松神社フィールドワーク ] |
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唐松城概要: 案内板によると「唐松とは、物部伝承によると、古代神功皇后が朝鮮半島の新羅を討征し、その後、この地に遠征して韓服(唐松)神社を祀ったことから、この名があるといえあれている。唐松城は平安時代、陸奥の郡之司であった安部貞任の弟、境講師官照の強固な城であったが、康平6年(1063)に源義家(八幡太郎義家)の攻撃にあい、落城したと言い伝えられている。中世末期には、羽州、淀川、繋街道の重要な分岐点であった唐松城周辺は、檜山(能代市)並びに湊(秋田市土崎)に拠点を置く安東氏の最前線基地として、数々の凄惨を極めた戦いが繰り広げられた古戦場である。」とあります。唐松岳頂上付近には主郭と思われる平地があり「縦掘り」や「空掘り」の跡の遺構も確認でき、麓には、中世の館を模した能舞台があります。
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